北部エリア
石上銅鐸出土地
(いそのかみどうたくしゅつどち)

― 丘陵上から出土した2個の銅鐸 ―



銅鐸出土地(左の竹林)と石碑



石碑



銅鐸が出土した平尾山丘陵(左)と名阪国道(右)

 名阪国道・天理インターと天理東インターの間に、名阪国道をまたぐ白川大橋があります。この橋は「大国見山コース」に含まれ、夕日のきれいな場所として有名です。
 この橋の南端には四差路があり、西へ別れる道を600m程進むと、銅鐸出土地を示す石碑にたどり着きます。

 銅鐸の出土地は名阪国道南側に沿う平尾山丘陵上にあり、付近は竹林になっています。出土地付近の竹は手入れがなされておらず、竹藪となっていて、見通しは良くありません。
 石碑から西へ約200m進むと、平尾山稲荷神社に至ります。そこからさらに西へ進むと丘陵を降り、国道169号線へ出ます。

 銅鐸は明治16(1883)年とその翌年に、1個ずつ見つかりました。農作業中に見つかったもので、記録によると、石碑から北側へ数メートル離れた、別々の場所で出土しています。
 銅鐸は弥生時代の祭祀を代表する祭器の一つで、最初は音を鳴らすものでしたが、飾るものに変化し、サイズもだんだん大きくなります。
 ここで出土した銅鐸は「流水文銅鐸」・「新段階(突線鈕1式)」と呼ばれるもので、「聞く銅鐸」から「見る銅鐸」に変わる段階のものです。
 時期的には弥生時代中期の終わり頃(およそ西暦50年前後)と考えられています。

 2個の銅鐸は発見後、宮内庁の所蔵となり、現在は東京国立博物館に保管されています。この内、2号銅鐸には「戈」と推定される棒状のものを持った人物が二人、描かれていることで有名です。


 ハイキングエリア : 「山の辺の道・北コース」
 所在地 : 石上町
 駐車場 : 無し
 休憩所 : 無し
 トイレ : 無し