北部エリア
和爾下神社古墳
(わにしたじんじゃこふん)

― 「後円部に神社が建つ古墳」 ―



全景(西から)



後円部に建つ和爾下神社の社殿



この古墳の石棺の蓋と伝えられる石(柿本寺跡)

 JR櫟本駅から東へ向かい、上街道との交差点(点滅信号のある交差点)を右(南側)へ進むと、東西に流れる高瀬川に至ります。ここで川に沿って左(東側)へ曲がると、国道169号線沿いに建つ和爾下神社の鳥居が見えます。鳥居をくぐり参道を進むと、左側にこんもりとした山が見えてきます。これが和爾下神社古墳です。

 古墳の周辺は和爾下神社の境内地となっているため、木々が茂り、鬱蒼とした森になっています。古墳の西には柿本寺跡、歌塚、影姫の石碑などがあり、昔ながらのたたずまいが残っています。

 南北方向に主軸を置く前方後円墳で、北側に前方部、南側に後円部があります。規模は全長約105m、後円部径約60m、高さ約12mを測ります。築造時期は採集された埴輪などから、4世紀末から5世紀初頭(古墳時代前期末から中期初頭)とされ、東大寺山古墳、赤土山古墳に次いで造られた古墳とされています。
 参考文献:奈良県立橿原考古学研究所編 2001 「大和前方後円墳集成」

 古墳のすぐ西側には柿本寺跡と伝わる場所があり、姫路地方産の竜山石(たつやまいし)で造られた長方形の石材が中央に置かれています。 この石材は昔、櫟本小学校西側の四つ辻(高瀬川上の上街道)で石橋の一部として使われていたもので、橋の改築に伴い、柿本寺跡に運ばれました。長さは2.66m、幅1.58m、厚さ23〜26cmで長辺に突帯が巡り、片面は平らに加工されています。
 形状から古墳の石棺に用いられていた底石で、その規模から和爾下神社古墳の石室材と考えられています。


 ハイキングエリア :  「はにわの里コース」
 所在地 : 櫟本町治道山
 駐車場 : 無し
 休憩所 : 有り
 トイレ : 参道入口の公園にあり