南部エリア
長岳寺
(ちょうがくじ)

― 淳和天皇の勅願で、空海(弘法大師)が創建 ―



鐘楼門



本堂



旧地蔵院本堂



寺院内から見た鐘楼門



奥の院の石仏

 山の辺の道(南)コースに沿っています。柳本町のトレイルセンターの隣、北東側に所在します。

 長岳寺は春日断層崖から延びる丘陵上に位置します。東には龍王山が控え、山頂近くには奥の院が所在します。
 往事は僧侶が山の斜面を行き来して、修行に励んでいたのでしょう。今でも、奥の院までの道沿いで石仏を見ることができます。

所在地 柳本の東方、釜口山にあり、俗に釜口大師と呼ばれています。釜口の名は日本武尊の十男釜見王に因んだものとも、鉱山の口・塚穴・瓦釜などからとの異説もあります。
創建 本尊は阿弥陀如来で、真言宗です。この寺は淳和天皇の勅願によって天長元(824)年6月、空海が釜口氏の廟所に精舎を建て真言道場として開いたのが始まりとされています(『大和国陳遊名鑑図説』、『長岳寺金剛身院旧記』、『伽藍閉基記』)。
歴史 中世には広大な寺領を有し、室町時代には楊本氏の外護に預かりましたが、応仁の乱や文亀3(1503)年2月の兵乱で仏閣が炎上しました。天正8(1580)年には三百石の石高を秀吉に没収されましたが、慶長7(1602)年8月に徳川家康によって寺禄として百石を与えられました。
 元禄7(1694)年には東山天皇女院の御願により、本堂が再建され、安永(1772~1781)年間には寺坊が普賢院以下40ヶ院となり、天明(1781~1788)年間には普賢・地蔵・蓮花・地宝・自性・明王・知足の7ヶ院となりました。明治6(1873)年、寺録を廃され、本寺および塔頭が普賢院・自性院の2ヶ院となり、その後、搭頭も廃され、本寺のみとなりました。
建物 現在の境内に本堂・大師堂・鐘楼門・大門などがあります。もとは本堂のほかに五重塔・十羅刹堂・真言堂・経蔵・宝蔵・宿堂および寺中坊舎42坊・外客坊・浴室などがありましたが、炎焼で焼失したり、破壊されました。

重要文化財:阿弥陀三尊、多聞天・増長天、鐘楼門
        地蔵院、旧地蔵院本堂、五智堂


 ハイキングエリア :
     「山の辺の道(南)コース」
     「龍王山歴史と健康の道コース」
     「卑弥呼の里コース」
 所在地 : 柳本町508
 電話 : 0743-66-1051
 交通 : 電車/JR「柳本」駅より徒歩20分
         バス/奈良交通バス
             天理駅発・桜井駅発「上長岡」下車
             徒歩10分
         車/西名阪自動車道「天理I・C」より南へ約20分
 駐車場 : 有り
 休憩所 : 有り
 トイレ : 有り
 リンク : 長岳寺のHP


⇒長岳寺の「パンフレット」     ⇒改訂版「天理市史」
協力:長岳寺