大和神社のパンフレットより




大和神社御由緒誌

一、鎮座地
      奈良県天理市新泉町(にいずみちょう)三〇六番地橘森

一、御祭神
      日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)
       (大地主大神・おおとこぬしのおおかみ)〔中央〕
      八千戈大神(やちほこのおおかみ)〔向右〕
      御年大神(みとしのおおかみ)〔向左〕

一、例祭
      四月一日(通称ちゃんちゃん祭)

一、御由緒           
 当神社の主神は、日本の全国土の大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)に坐します。
上古伊勢神宮に坐す天照大神と共に宮中にて親祭され給ひしが、第十代崇神天皇は御神威を畏み給ひ同六年(二千数十年前)当神社の主神を市磯邑(いちしのむら)〔大和郷〕に遷御遊ばされ、皇女淳名城入姫(ぬなきいりひめ)を斎王として祀らしめ給う。
 延喜式に大社大和坐大国魂神社三座とある。斯様に尊い御由緒は類まれなところで御神威は伊勢神宮に次ぎ、御神封もまた大和を始め「尾張、武蔵、常陸、安芸の六ヵ国に於いて、三百二十七戸に及び境内も六十四ヘクタールの広大なり」と古記録に見ゆる。

一、御正殿
      宮中三殿式の特異な御社殿

祭事暦

  一月一日 歳旦祭 初神楽祈祷
  一月四日 御弓始祭(おゆみはしめ)〔通称 平国広戈乃祭〕
  一月七日 昭和天皇遥拝式
  二月節分 節分祭(午後七時)粥占(かゆうらない)祭
  二月十日 御田植祭(午後二時)
  二月十一日 紀元節祭
  二月十七日 祈年祭(献米報告祭)
  四月一日 例祭(午前十時半)
渡御祭(午後一時半)ちゃんちゃん祭
  四月七日 戦艦大和祥月命日祭
  六月三十日 夏越大祓(なこしおおはらい)式
  二百十日 風鎮祭
  九月二十三日 秋祭(豊作感謝祭)午後一時
紅幣(べにしで)踊り奉納(市無形民俗文化財)
  十月十七日 神嘗祭当日祭
  十一月一日 交通安全祭
  十一月三日 明治節祭
  十一月二十三日 新嘗祭
  十二月二十三日 天長節祭
  十二月三十一日 年越大祓(としこしおおはらい)式  除夜祭
   
  毎月一日・十五日 月次(つきなみ)祭

特殊信仰

 主神は大地主大神−おおとこぬしのおおかみ−とも申し上げ、地上・地下万物の生育発展、人間及び生物の生命・壽を司り給ひ、日本大八洲の国魂に坐す偉大尊貴なる御神格に坐します。八千父大神−やちほこのおおかみ−は顕正邪悪を司り給ひ、健康増進・家門繁栄・国内平穏・民族和平を守り給い、勝負の勝運を授け給ひ、御年大神−みとしのおおかみ−は、五穀豊穣・殖産工業発展を司らせ給ふ。
一、 当神社は、土木建築・地鎮祭の全国の総本社にして、地鎮祭起工式等は当神社の主神に工事の安全・成就を祈願するのがならわしである。
二、 海外渡航の安全守護を給ふ。上古遣唐使の出発の際には特に当神社に交通安全を祈り、途中無事に大任を果して帰国といふ歌が万葉集に「好去好来」といふ題で詠まれている。
三、 渡御−とぎょ−祭、祭りで早いはちゃんちゃん祭と称され、四月一日午後一時半より氏子の頭屋・稚児を先頭に夫々の町内人供奉し、行列順に各執物を捧持しちゃんちゃん鐘−かね−を合図に成願寺・岸田を経て、中山郷大塚山の御旅所まで約ニキロを往復渡御する。御旅所では、翁舞・龍の口の舞の田楽舞が奉納される。
四、 当社の橘森には霊鶏が巣くひ、これを食する人は長寿を全うすると云い伝へられる。上古の天皇は当社の霊鶏により長寿をなされたと云ふ。
五、 戦艦大和には、当神社の御分霊が祀られた。
我が日本の国力を傾注して建造された戦艦大和は、大東亜戦中輝かしい戦果を上げ帰還のたび毎に艦長以下幕僚等奉謝の特別参拝をされた。
併し同艦は終戦の昭和二十年四月沖縄本島救援の為特攻艦隊を編成し、出撃されたが空中を守る飛行機は皆無にて九州西南洋上に於いて米国軍機の集中攻撃を受け、激戦二時間余終に戦歿されたが、その際艦と運命を共にせられた故海軍大将伊藤整一命以下二七三六柱の英霊は其後末社祖霊社に合祀せられ、更に昭和四十七年九月廿四日戦闘巡洋艦「矢矧」外駆逐艦八隻の戦歿将士英霊をも合祀して、三七二一柱は国家鎮護の神として祀られている。