南部エリア
天神山古墳
(てんじんやまこふん)

― 鏡や朱が埋葬された古墳 ―



東から見た古墳の全景



国道の東側から見た古墳



丘陵断面のように見えますが古墳の断面です

 崇神天皇陵の南側に所在します。JR柳本駅を東へ約450m進むと、国道169号線の交差点に出ます。交差点を渡らずに右(南側)に曲がり、国道沿いを約50m進むと、古墳にたどり着きます。

 墳丘の西側は第2次世界大戦中に旧海軍に削られ、また、東半分は国道の敷設に伴って完全に削り取られています。
 現在、国道沿いの墳丘部分は石垣で化粧されています。

 全長約103m、後円部径約56m、後円部の高さ約9m、前方部幅約47m、前方部の高さ7mを測る前方後円墳で、墳丘の北西側には伊射奈岐神社があります。
 国道の敷設に伴い、1960年に発掘調査が行われ、全長6.1mの竪穴式石室が発見されました。石室に人を葬った痕跡は無く、安置された木櫃(もくひつ)内からは約41kgの水銀朱とその周囲を取り巻くように並べられた20面の鏡、そして刀や剣などの鉄製品が出土しました。鏡は周囲からも3面出土しています。鏡の内訳は外国製の舶載(はくさい)鏡18面、国産の鏡が5面です。
 天神山古墳はアンド山古墳、南アンド山古墳と同様に崇神天皇陵の陪塚(ばいちょう)とされています。3つの陪塚は墳形が同じ特徴を持つことから同時期と考えられ、築造は崇神天皇陵と同じ4世紀中頃から後半(古墳時代前期後半)と見られています。
 参考文献:奈良県立橿原考古学研究所編 2001 「大和前方後円墳集成」

 古墳を縦方向に断ち割った珍しい例です。人物の埋葬が無く、遺物のみを葬った古墳としては最大規模です。崇神天皇陵の陪塚と見られることから、残りのアンド山古墳、南アンド山古墳にも同様の遺物が葬られている可能性もあります。
 陪塚の中でも最大規模の古墳で、当時の大王の権力を垣間見ることができます。


 ハイキングエリア : 「卑弥呼の里コース」
 所在地 : 柳本町字天神
 駐車場 : 無し
 休憩所 : 無し
 トイレ : 無し