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てんりの昔ばなし

 


第11話 かみなりゴロ吉    第12話 さかさの幽霊    第13話 牛塚
第14話 在原業平と井筒    第15話 弁天地藏


11.かみなりゴロ吉(苣原町)      上へ移動
 昔むかし、ある晴れた日に、かみなりの子どもたちが雲の上で遊んでいました 。子どもたちは、父親から人間の子は竹馬たけうまというものに乗って遊ぶと聞いたのを思いだし、雲の上から下界げかいをのぞいてみました。

 雲から落ちないように、後ろをつかんで、かわりばんこにのぞき込んでいましたが、一人の子どもが雲からあまりに身を乗り出したために、地上ちじょうへ落ちてしまいました。

 天から落ちてしまった雷の子どもは、天王てんのう神社のしめ縄にひっかかり、ちゅうぶらりんになって苦しみました。もがけばもがくほど、しめ縄がからみついて、きつくまります。
 「助けて!助けて・・・」声はしだいにとぎれてきました。

 そこへ苣原ちしゃわら城の殿様とのさま大勢おおぜい家来かけいを連れて通りかかりました。かすかな声を聞いた殿様は、「あれなる声のぬしは何者であるか!」と、お供にたずねられました。

 「見たことのない姿をしています。あぶないので、近寄らない方がよろしいかと存じます。」とお供は答えました。
 「なるほど、不思議ふしぎ格好かっこうをしておるのう。しかし、小さい子どものようじゃ。苦しんでおるではないか。見捨てるわけにはゆかぬ、助けてやろう。」とお供に命じ、助けてやりました。

 殿様が、 「お前は一体何者じゃ?」と聞くと、ゴロ吉は、「はい、雷の子でゴロ吉といいます。この村の上の雲に住んでおります。」と言いながら、何度も何度も両手りょうてをついてお礼を言いました。

 殿様は、ゴロ吉が長い間もがいたせいで、つかれきっているようすだったので、お城へ連れて帰っておやつを与え、休ませてやりました。

 一方、雲の上では上へ下への大騒ぎ。
 雷の父親が大きな雷の音を出して地上のものをこわがらせ、子どもを助けようと、大雷光(だいらいこう)とともに地上へ降りてきました。

 そして、お城の門前もんぜんまでせまり、「子どもを返さないのなら、この村を雷攻かみなりぜめにするぞ!」とどなりました。

 殿様は、「お前も子どもが可愛いのか。ならば、へそを取られた人間の子の親の気持ちもわかるだろう!」と父親に言われました。

 すると鬼は、「へそはわしらの大好物だいこうぶつだ。」と言い返しました。

 「何と、大好物じゃと。へそを取られた女の子はよめにも行けず、どんな思いをしているかよく考えてみよ。二度とこの村へは、へそを取りに来ないと約束やくそくするなら、子どもを返してやろう。」と殿様もことばを返されました。

 鬼はしばらく考えてから、「わかった。わしも子の親。かたく、固く約束を結ぼう。」と約束をしました。
 殿様はそれを聞いて鬼を城に入れ、寝ているゴロ吉のところまで案内しました。

 再会さいかいした雷の親子はおおいによろこび、一緒に雲の上へ帰っていきました。

 鬼は、殿様との約束を守り、それ以来、この村には雷が落とさなくなったとのことです。

 「雷の落ちない村」・・・これは、今の苣原町に伝わる話です。



 


 12.さかさの幽霊(柳本町)      上へ移動
 奈良盆地の東につらなる青垣あおがきの山なみの中に、ひときわ高くそびえる龍王山りゅうおうざんがあります。

 戦国時代、この地に山城やまじろを築いた十市遠忠といちとおただは、山のふもとにある長岳寺を前衛ぜんえい陣地じんちとして城を守っていました。

 その頃、十市氏と争っていた相手方の松永久秀まつながひさひでという武将が、長岳寺に攻め込んできました。寺では遠忠が迎えうち、大将同士の組み討ちになりました。

 二人はともに強くて立派な武将ぶしょうですから、んずほぐれつの戦いが寺の中で繰り広げられました。

 二人のわらじは血でぬれ、本堂ほんどうの床板には血で濡れたわらじの跡が残されました。

 この時はどちらの大将が勝ったのか定かではありませんが、寺ではこの時の壮烈そうれつな戦いを残すために、この床板を本堂の天井のひさしに入れて保存しました。



 ところがそれから、この寺の本堂に、幽霊ゆうれいが逆さになって歩いて出るという、うわさが広まりました。

「わしは、逆さまになって戦っている幽霊を見た。髪をふり乱したものすごい形相ぎょうそうやった。」
「いや、わしが見たのは、まるで死人が歩いているような幽霊じゃった。」
「わしには何も見えへんかったがなぁ。」
「それはそうじゃ。夜に、それも風の吹く日に、よく出るのじゃ!」
 などと、いろいろなうわさが飛び交いました。

 人々が天井の血のわらじ跡を見るたびに、多数の死者がでたであろう戦いを想像そうぞうして、亡霊ぼうれいが動いているように思ったのでしょうか。

 あるいは、この世に未練みれんを残して死んでいった多くの侍たちが、成仏じょうぶつできずに本堂にさまよっているのでしょうか。

 長岳寺では「さかさ幽霊」として、血のわらじ跡とともに、今もそんな話が伝わっています。




 


13.牛塚(南六条町)      上へ移動
 昔、ある農家によく働くひとつがいの牛がいました。
 ところがある日、雄牛おうしは働き過ぎて疲労ひろうが重なり、手当のかいもなく、死んでしまいました。

 家の人はたいそうがっかりしましたが、せめて牝牛めうしだけでも元気で働いてほしいと思い、毎日、おいしいエサを与えました。

 しかし、牝牛は雄牛が死んだショックが大きかったのでしょう、日に日に元気がなくなり、食事もとらなくなりました。

 雄牛をしたうその姿を見て、家の人はふびんに思い、いろいろとはげまし、力をつけようとしましたがどうしても元気にならず、とうとう牝牛も死んでしまいました。

 村の人々は、仲が良く、農家のためによく働いたひとつがいの牛を一緒に供養くようするため、雄牛のもとに牝牛を埋めてやりました。

 そして、その塚に一本のむくの木を植えました。椋の木は、塚の上ですくすくと育って大きな枝を広げ、立派な木になりました。

 それからは、この牛塚うしづかを農業の神とあがめ、農作物の豊作を祈るようになったということです。

 南六条みなみろくじょう町の元柳生もとやぎゅうに、今も椋の大木とともに牛塚が残っています。





 


14.在原業平と井筒(櫟本町)      上へ移動
 平安時代、歌人であり美男子としても知られた在原業平ありわらのなりひらは、今の櫟本いちのもと町の在原神社(在原寺)あたりに住んでいました。

 幼い頃、仲よしの女の子とそばの井戸で姿を写したり、井戸のへりに小袖こそでを掛けたりして遊びましたが、その内、女の子は業平に思いを寄せるようになりました。

 しかし、大人になった業平は河内かわちの河内姫という女性を恋するようになり、遊び仲間の女の子を忘れてしまいました。

 業平は河内へ河内へと足繁あししげく通い、河内姫への恋を燃やしましたが、ある日、姫のふとした下品げひん態度たいどを見、いっぺんに恋心こいごころがさめてしまいました。

 これも移り気な男心おとこごころなのでしょうか。河内姫は河内に出向かなくなった業平を追いかけ、柿の木の下にある井戸までやってきました。業平が柿の木に登ってかくれていると、井戸に映った業平の姿に、河内姫は「この中に業平さまが・・・」と、井戸に飛び込んでしまいました。

 哀(あわ)れなことに、女心おんなごころむくわれず、井戸の中へと消えてしまいました。
 その後、この井戸は「業平姿見すがたみの井戸」と言われるようになりました。

   さて、幼い頃に遊んだ女の子は大人になっても、業平に思いを寄せていましたが、河内へ河内へと通う男心がうらめしくてなりませんでした。

 業平のかんむりをかぶった我が姿を井戸の水に映しては業平をしのび、幼い頃の楽しい日々を思い出しては片思いのさびしさをまぎらわしていました。

 年毎としごとに老いてゆく姿は、恋を取り戻すことができぬまま、寂しく思い出に生きる老婆ろうばとなり、最後は草ぼうぼうの井筒いづつに果ててしまいました。

 この寂しい老婆の物語は、世阿弥ぜあみによってのうの「井筒」に書かれ、現在も上演されています。

 また、業平が河内の高安たかやすへ通ったとされる業平道には今も「業平姿見の井戸」が残り、かたわらには与謝蕪村よさのぶそんの「虫鳴くや河内通いの小提灯こじょうちん」の句碑くひが建っています。



 


15.弁天地藏(山田町)      上へ移動
 天理の市街地しがいちから東の大和高原に、山田という静かな集落があります。そこには永楽寺えいらくじというお寺があり、そこから田んぼづたいに小道を登った、清らかなせせらぎと深い山に囲まれた谷間たにま地蔵じぞうさんがまつられていました。

 昔、子どもがこの地蔵の前で小さなかがみを拾いました。鏡は土で汚れていて、何も映りません。小川で洗い、のぞいてみると、とてもきれいに映りました。

 「私の顔はこんなに美しいのやろか?」と、うれしくなって地蔵さんに聞いてみました。

 地蔵さんは「あなたは今、鏡を洗ったでしょう。だからきれいに映ったのですよ。」とおっしゃいました。
 子どもは地蔵さんがしゃべったのでびっくりしましたが、喜んで、地蔵さんのお顔を映したり、自分の顔を映したりして遊びました。

 しばらくして、子どもの母親が呼びにきました。母親は、子どもが地蔵さんに悪いことをしていると思い、「こんな所で遊んだりしたらあかん。お地蔵さんが怒らはるで。早う、その鏡をそこに返しとき。」と言って、連れて帰りました。

 家へ帰った子どもは、あの美しい鏡のことを思い出すと、しくて欲しくてたまりません。とうとうねつをだして病気びょうきになってしまいました。

 心配した母親は、地蔵さんのところでいたずらをしたバチがあたったのだと思い、お地蔵さんにお詫びのお参りをしました。

 すると、その夜、母親の枕元まくらもとにきれいな弁天べんてんさまがあらわれて「私は子どもが大好きです。私の大切な鏡を与えたら、子どもと仲良くできると思って置いたのに、あなたは子どもを連れて帰ってしまいました。私はとてもさびしいのです。」とお告げになりました。

 母親はびっくりして、子どもを連れて地蔵さんの所へ行きましたが、鏡はもうありませんでした。でも子どもはすっかり元気になり、毎日、地蔵さんと遊びました。

 それから、地蔵さんの前の小川で手を洗うと手がきれいになり、顔を洗うと顔がきれいになると、村人は語り合い、この地蔵さんを「弁天地蔵さん」と呼び、いっそう親しく思うようになりました。

 こうして弁天地蔵さんは、村人と仲良くしながら、村人を見守っていてくれているということです。


 



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