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てんりの昔ばなし

 


第26話 弘法大師と二度なり栗   第27話 梅さんの鏡   第28話 あからがしら
第29話 平尾稲荷のけんけんさん    30.ザクロの好きな楢の明神さん   第31話 腰痛治しの地蔵さん



26.弘法大師と二度なり栗(福住町)      上へ移動

 平安時代へいあんじだいの初めの頃、空海くうかい弘法大師こうぼうだいし)というおぼうさんが諸国しょこく行脚あんぎゃしておられました。日照り続きで田んぼが干上ひあがり、百姓が困っているのを見ると溜池ためいけ水路すいろを作ったり、やまいで苦しんでいる人があれば、よく効く薬草を教えたりして、全国を歩いておられたのです 
  
 ある時、伊勢神宮いせじんぐうへ参るため、弘法大師は櫟本いちのもとから堂ヶ谷街道どうがたにかいどう福住ふくすみへ向かって歩いていましたが、途中で日暮れが近づいてきました 
  
 ふと見ると、山の中から子どもたちが道に出て来たので、「近くに泊めてくれる所はないか?」とたずねました。「宿ならあるよ。これからそっちへ帰るところや。」「それじゃ案内しておくれ ところで、今頃まで何をしていたのかな?」と弘法大師が聞くと くりをとりに。ほら、これ。」と、子どもたちは両手りょうてにいっぱいの栗を差し出しました 
  

 弘法大師は「ああ、よく実がなっているね それでは、もう一度、実がなるように おまじないをしてあげよう。」と言って、錫杖しゃくじょうで栗の木の上をなでるようにして呪文じゅもんとなえました。「ひと月ほどして、またここに来なさい。今とったところに また栗がなっているから。」そうして弘法大師は 子どもたちといっしょに村に向かわれました 
  
 その後、子どもたちがひと月たって行ってみると 本当にこの前とったはずの栗の木に、実がはぜ落ちそうなくらいになっていました 
  
 これ以来いらい、このあたりには二度花をつけ 二度実のなる栗の木があるそうです

  



 


27.梅さんの鏡(豊田町)      上へ移動

 昔、豊田村とよだむらに大変貧しい、油屋あぶらやうめさんという人が暮らしていました 
  
 梅さんは、ある夜ふしぎな夢を見ました。ススキが美しい愛宕山あたごやまへ登っていく夢です。ススキが月の光にかがやいて、ぎんの山に遊ぶような気持ちでいっぱいでした 
  
 梅さんがその美しいススキ野にいると 目の前のススキの中から世にもまれな美しい女の人が現れ、梅さんを手招てまねきするのです。梅さんは、その女の人を追いかけました ススキを押し分け、けんめいに追いかけ追いかけ、ようやくもう少しで手が届くという時 女の人の姿はかき消え、そこから一筋ひとすじの光が空をさして昇っていきました そして、梅さんは夢からさめました 
  
 次の日、夢の中で出会った美しい女の人を忘れることができない梅さんは その人が消えた場所を求めて山へ登りました 夢の中で見た場所をあちらこちらさがし歩き、やっと女の人が自分の手から消えったと思われる場所を捜し当てました 
  

 さっそくそこを掘り起こしてみると、土の中から一枚の古いかがみが出てきました。梅さんはその鏡を美しい女の人からさずかったものと思い、大事に家に持ち帰り、朝夕あさゆう)、灯明とうみょうを上げておまつりしました 
  
 その清い心が神に通じたのか、油屋の商売しょうばいもしだいに繁盛はんじょうし、村一番の金持ちになったそうです。ところが、それをねたんだ近所の人にだまされ 梅さんは鏡をある金持ちにゆずってしまいました。それからの梅さんには不幸ふこうが続き、村にさえいられなくなり いつしか村から消えるように出ていってしまったということです 
  



 


28.あからがしら(岩屋町)      上へ移動

 遠い遠いその昔、岩屋町いわやちょうの山奥に「あから」という不思議ふしぎなけものが住んでいました。「あから」はふだんは山の奥深くにひそんでいて あまり人の前には姿すがたを現さないけものでした 
  
 ある年のことです。旧暦きゅうれきの11月1日(12月1日)はもう冬の最中さなか)で、寒い寒い日でした。その日の朝、山奥から「あから」が現れたのです 
  
 今まで見たこともない不思議なその姿に、村人はおそれをなして家にこもり じっと様子ようすをうかがっていました。すると、「あから」は岩屋から石上いそのかみの川をくだり、櫟本いちのもとから田部たべ上総かんさ指柳さしやなぎ喜殿きどの六条ろくじょう八条はちじょうを越えて遠く大和郡山やまとこおりやま額田部ぬかたべの方まで、川筋かわすじの野のものをすっかり食べ尽くしてしまいました 
  

 わずか1日で、みんな台なしにしてしまうその恐ろしい力に 百姓はただ恐れおののくばかりでした。その正体はいったい何だったのでしょう。怪獣かいじゅうのように大きないのししだったのでしょうか 
  
 それから村人たちは、毎年11月1日には、この不思議なけもの「あから」のかしらをつくり、いろいろな物をおそなえして、「あから」があばれないようにおまつりすることにしました 
  
 最近さいきんまで、上は岩屋から下は額田部の方まで、この「あから」の頭を祀る行事ぎょうじが行われていました。石上から下の村では昼から仕事を休みますが 岩屋の村では、朝から「あから」が出たので1日仕事を休むことになっていたということです 
  


 


29.平尾稲荷のけんけんさん(石上町)      上へ移動

 石上町いそのかみちょうの東にある平尾山ひらおさんに、姫丸稲荷大明神ひめまるいなりだいみょうじんまつられています。初午はつうまや二のうまには、遠くから厄年やくどしの人が厄払やくばらいにお参りし、露店ろてんもたくさん出て、村の祭りのようなにぎやかさでした 
  
 お稲荷いなりさんの前には「けんけんさん(きつね)」が石の上にすわり、お稲荷さんを守っています 
  
 また、この社から南東へ約500メートルほどの所には「きつねづか」があり、石碑せきひっています。この塚には多くの穴があり 昔はたくさんのきつねが住んでいたそうです。お稲荷さんのお使いとして、けんけんさんと呼ばれてあがめられていました。今は竹藪たけやぶになっていて、穴のあとは分からなくなってしまい、きつねの姿を見ることもめったにありません 
  

 この人里はなれたお稲荷さんを、かつて石上町に住む非常ひじょう信仰心しんこうしんの厚いおばあさんが守っていました。夜遅く、村から平尾山のお稲荷さんに帰る時には、けんけんさんが赤いをつけておばあさんを迎えに来たといいます。ですから、夜おそくなっても安心して、少しも苦にならなかったということです 
  
 ある正月の夜のことです。おばあさんと家族の人たちが平尾のお稲荷さんに初詣はつもうでに行く途中、近くの坂道のあたりに赤い灯がついているのを見つけました。人影ひとかげもないのにどうしてだろう とおそるおそる近づいてみると、 おばあさんの来るのが遅いので、迎えに来てくれたけんけんさんの灯でした 
  
 今、お稲荷さんには、お守りの人はいませんが、村の人々によって大切にされています。けんけんさんの話は村の中で、今も古い話としてかたがれています 
  


 


30.ザクロの好きな楢の明神さん(楢町)      上へ移動
 天理市の中央を南北につらぬ上街道かみかいどうに沿って、櫟本いちのもとから北へ向かうと、大きな銅製どうせい鳥居とりいを持つ楢神社ならじんじゃがあります 
  
 この神社の一角には、古くから鬼子母神きしもじんをまつったやしろがあり、子どもをさずけてくださる神様として、遠くからもたくさんの参詣者さんけいしゃおとずれています 
  
 鬼子母神は、またの名を「詞梨帝母かりていも」といい、千人(万人ともいう)もの子を生みながら、他人の子どもをうばっては食べてしまうという乱暴らんぼうなことをり返す鬼神きじんでした。あるときお釈迦しゃかさまが、彼女が一番かわいがっている末子すえっこかくして、子を失う母の悲しみをさとしました。これにより仏教に帰依きえした鬼子母神は、自分の行ったことの罪ほろぼしにと 子どもに恵まれず悲しみにくれている人たちに子どもを授けて 生きる喜びを与えるようになったといわれています 
  

 楢神社の境内けいだいには、大きな「ザクロ」の木があります。それは、ザクロの実には種子しゅしが多いので多産のシンボルであるとか、味が人間の肉と似ており 鬼子母神の好物だったからだとかいわれています。このようなことから 以前からザクロを紙に包み、水引をかけてお供えするしきたりがあるそうです 
  
 この神社に願いをかけ、子どもを授かった人たちは、とくをいただいた喜びの表現ひょうげんのひとつとして、子どもの名前に「楢」または「奈良」の一字をもらって名付けたといわれ、子どもの守護神しゅごしんとして多くの人々にあがめられています 
  
 また、境内にある「実益井みますい=三桝井」の井筒いづつは、江戸時代の歌舞伎役者かぶきやくしゃ、八代目 市川團十郎いちかわだんじゅうろう奉納ほうのうしたもので、前面にはます三つ重ねの紋章もんしょうきざみ、他の一面には「ならの葉の広き恵みの神ぞとはこの実益井をくみてこそ知れ の歌が刻まれています。この井戸水は、子どもを授かる霊水れいすいともいわれています 
  


 


31.腰痛治しの地蔵さん(萱生町)      上へ移動
 萱生町かようちょう集荷場しゅうかじょうの近くに、二体にたいのお地蔵さんをきざんだ道祖神どうそじんが建っています。山の辺の道ぞいで奈良盆地がよく見える場所にあるこのお地蔵さんは、「腰痛治こしいたなおしの地蔵さん」と呼ばれ、つぎのような話が伝えられています 
  
 昔、萱生と竹之内たけのうち両村りょうそんでは、毎年夏の終わりの晴れた日に、村人全員が出て「池掘り」を行い 「今年はどんな大きな魚が取れるか」を楽しみにしていました 
  
 いよいよ当日、にぎやかな池堀りの最中さいちゅうに、ひとりの男が大声で「出たア!」と叫びました 「いったい何が出たんや?」と皆が集まってみると、それは 一枚の岩に刻み込まれた二体のお地蔵さんでした 
  
 「さわらぬ神にたたりなし。クワバラ、クワバラ」と村中が大騒おおさわぎになってしまいました。そこで、庄屋さんが「念仏寺ねんぶつじ無縁墓むえんばかへお移しして、おまつりしよう」と皆に言い、選ばれた力持ちの若者によって運び出されたのです 
  
 途中で、いっぷくをしようと若者たちが腰をおろした所は奈良盆地がよく見える、ながめのすばらしい場所でした。お地蔵さんにすれば、池から出してもらったものの、さびしい念仏寺の石仏せきぶつになりたくなかったのでしょう。「こんな見晴らしのいい場所はほかにないだろう よしここにしよう」と、この地を居場所いばしょに決めてしまわれました 
  

 休憩きゅうけいを終え、若者たちは「さあ、行くぞ!」と肩に天秤棒てんぴんぼうをかつごうとしました。ところがどうしたことか、力一杯ふんばってみても かつげたはずの地蔵さんが今度はびくともせず、かつぎ上げることができません それどころか突然の足腰の痛みに「痛い、痛い」と悲鳴ひめいを上げ 腰をかかえ足を引きずりながら「クワバラ、クワバラ、お地蔵さんのたたりだ」と村に逃げ帰りました 
  
 若者たちの話を聞いた村人は、お地蔵さんのいかりにちがいないと、その場所へ丁重ていちょうにお祀りし、お経を唱え供養くようしました。すると、どうでしょう。若者たちの腰痛はうそのように治ったのでした 
  
 この話は今に伝わり、腰から下の病気を治してくださるありがたいお地蔵さんとして近在きんざいの信仰を集め、お花はいつも美しく、線香や果物くだものも供えられています 
  



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