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てんりの昔ばなし

 


第21話 れんげの実らぬ所    第22話 九頭神社の鎮守の森    第23話 守目堂の由来
第24話 大蛇の恋    第25話 白い蛇



21.れんげの実らぬ所(藤井町)      上へ移動
    
 「今年も豊作万作ほうさくまんさくだとええのう」「ほんまに一粒ひとつぶでもたんと、米がとれるようにな」と話しながら、村人たちは、田んぼの肥料ひりょうになるれんげ草のたねをまきました 
  
 その年も、春のうららかな陽ざしのもと、どの田んぼも花のじゅうたんをきつめたように れんげ草が美しく咲きそろいました。しかし、実がちっともなりません 
  
 「もう田をたがやさなならんのに、れんげの実がのらんな」「毎日田んぼを見つめてるのに いっこうに実がつかんなあー」「どうしたもんやろ?」「田を耕すしゅんおくれては、田植えもおそうなるし。」「れんげの種が悪かったんや。つぎはええ種選んで まかなあかんな。」「そうやなあ。そうしまひょ。」と、村人たち 
  

 つぎの年からは、よい種を吟味ぎんみしてまきましたが、やはり、田んぼを耕す時期じきがきても実がつきません。村人たちは、うでを組み 何が原因なのか考え抜きましたが、実らない理由はわからず、首をかしげて不思議ふしぎに思うばかりでした 
  
 それからというもの、龍王山りゅうおうざんにある十市城といちじょう松永久秀まつながひさひでに攻められて落城らくじょうしたために、城主じょうしゅ十市遠忠といちとおただのうらみでれんげの実が実らなくなったのだといわれるようになりました 
  
 実際じっさいは、十市城での戦いは行われていません。また、藤井ふじい町は標高500メートルのところで寒さがきびしいため、れんげ草の花は咲いても、春に田を耕して田植えをするまでに実らないのでしょう。
  
 このほかにも、藤井や柳本やなぎもとのあたりには「十市城落城」として、言い伝えがたくさん残っています 
  



 


22.九頭神社の鎮守の森(苣原町)      上へ移動
 苣原ちしゃわら町の氏神うじがみさまは、九頭くず神社といいます。そのおみやに、次のような話が伝わっています 
  
 山深いこのお宮の森には、ハトやキジ、ウサギやシカなど、たくさんの動物が住んでいます。そして、この鎮守ちんじゅの森に住んでいる動物をとると大変なことが起こるから、絶対にとってはいけないと昔から言い伝えられていました。神罰しんばつおそれて、誰もりょうをする者はいませんでした 
  
 しかし明治めいじ初期しょきになって、「本当にそんなことがあるんだろうか?もし猟をしたら、どんな異変いへんが起こるのだろう?」と不審ふしんに思った狩人かりゅうどが、まだ夜の明けない暗いうちに 鉄砲てっぽうを持ってこの森へ入ってきました。明るくなって動物が出てくれば 自分の腕の見せどころ。一発のもとに獲物えものってやろうと、鉄砲をかまえて待っていました 
  

 ところが、いくら待っても夜が明けないのです。何時間待ったでしょう 真っ暗なので、仕方なく猟師りょうしが社の松並木まつなみきのあたりへ出てきますと、白い着物を着てかんむりをかぶった人が、白馬にまたがりやしろの方からこちらへ向かってくるではありませんか。猟師は、真っ暗だった森の中に、一瞬いっしゅん光をさすような神々こうごうしい白衣はくいの姿を認めて、自分の目を疑い、立ちすくんでしまいました 
  
 「一体、今見えたものは何だろう?神というものだろうか?」と 目をこらしてじっと見つめていると、その姿はだんだんうすくなり そのうちに跡形あとかたもなく森の中に消えてしまいました。とたんにあたりが明るくなり もう正午しょうご近くを示す太陽が、頭上ずじょう高くに輝いています 
  
 猟師は、目がくらむような気持ちでその太陽をあおぎ、真っ暗だった森の中を見回しました。そして思ったのです 「私が猟をしようと思ったために、目が見えなくなり、いつまでも暗かったのだろう 鎮守の森は神がお守りになっている。神の森をけがそうなどと 私は大それたことをするところだった。よくまあ、目がつぶれなかったことよ。」と 神社にお参りしておわびをし、二度とこの森では猟をしないことをちかいました 
  
 それからは、この森に銃を持っていく人も無く、言い伝えが守られ、今でも鳥の声がやさしく森の中から聞こえています 
  



 


23.守目堂の由来(守目堂町)      上へ移動
 昔、守面堂もりめんどう村に儀兵衛よしべえという中年の男が妻と住んでおりました。夫婦には子供がありませんでしたが、まずしいながらも生活にこまることもなく暮らしていました 
  
 ある日、田んぼから帰ってきた夫が、突然とつぜんなんにも見えへん お前はどこや」と言い出すではありませんか。妻はおどろいて「私が見えしまへんのか。ここにいますがな」と夫の顔をのぞき込みましたが、夫は両手りょうてで目をこすり「見えへん。真っ暗や。」となげくばかりです。日頃の過労かろうがたたったのでしょうか。さっそく近くの医者にてもらいましたが 夫の目は悪くなるばかりで、いっこうによくなりませんでした 
  
 妻はどうしたものかと、色々思いまよいました。壺阪つぼさか多武峰とうのみね観音かんのんさまは、目の病気に霊験れいげんあらたかだと聞いているけれども どうやってそんな遠くの山の中の観音さまへお参りにいけるでしょう 目の悪い夫を一人残しては行けず、一緒に連れて行くこともかなわず、途方とほうにくれるのでした ふとその時、近くの白山権現はくさんこんげんにささやかな観音堂かんのんどうのあることを思い出し、「壺阪までは行けないけれど、慈悲じひ深い観音さまは きっと私の願いをかなえてくださるにちがいない。」と三・七・二十一日のがんかけを始めました 
  

 しかし、満願まんがんの二十一日目になっても夫の目はよくなりません。さらに二十一日の願かけをしましたが 夫の目はまだなおりませんでした。それでも妻はくじけることなく、「満願の日を自分で決めたりせず 夫の目の治るまで、夫と共に何日でもお参りしなくては。」と考え直し それからは夫婦そろって毎日毎日、暑い日もこおりつくような冬の日も、一心いっしんに祈り続けたのでした 
  
 夫婦の真剣しんけんさが観音さまに通じたのでしょうか。ある日、妻が雨戸あまどを開けると 夫が大声をあげました。「目の中が明るくなった。何か目の中に光るものが入ってる。」と 妻をきしめました。それからも観音さまへのお祈りは続きました しばらくしたある日のこと、突然「目の中に日の矢が刺さった」とたおれ込んだ夫が目を開けると 妻の顔がはっきりと見えたのです。「目が見える お前の顔が!」妻は夫の顔をまじまじと見つめ 「私たちの信心しんじんが通ったんや。これもみんな観音さまのおかげや。」と涙をこぼし 夫婦はかたく抱き合って共に喜び合いました 
  
 それ以来いらい、誰言うとなく、今まで呼んでいた森面堂という地名をあらため、「目を守る堂」ということから「守目堂もりめどう」というようになりました。そして、ここの観音さまは、目を守ってくださる霊験あらたかな仏さまといわれています 
  



 


24.大蛇の恋(二階堂)      上へ移動
 その昔、二階堂にかいどうから筒井つついへ行く街道かいどうすじに一軒いっけんの茶屋があり、その茶屋の娘コマノは、毎日通る美男子びだんし飛脚ひきゃくおもいをせるようになりました。ある日、夕日もしずみ暗くなった頃 コマノは通りかかったその飛脚を呼び止め、一夜いちやをもてなして熱い胸の内を打ち明けたのです。しかし男は、「私は病気の親をかかえ、3年間は女房にょうぼうを持たぬと神にちかいました」とコマノの愛をことわり、夜の街道を走り去ったのでした 
  
 あきらめきれずに男の後を追ったコマノは、大きなふちのそばまでやってきました。淵をのぞくと、月明かりの中に、恋しい男の顔があざやかに映っています。コマノは男が松の木の上に登ってかくれているとも知らず、「あっ、あのお方が」と水に映った男の姿を追って飛び込んだのです。コマノは水にしずんだまま、とうとう浮かんできませんでした 
  
 それから後、コマノの亡霊ぼうれい大蛇だいじゃになって、女と見れば淵に引きずり込むといううわさが立ちました ある日花嫁を乗せた駕籠かごがこの橋を渡ろうとした時のことです。雨がぽつりぽつりと降り始め かみなりが鳴り出したとたん、花嫁は駕籠もろとも池の中にさらわれてしまいました 
  

 花嫁がさらわれるという大事おおごと村中むらじゅう大騒おおさわぎになり、娘のある家では早く大蛇を退治たいじしてほしいと願いました。村人たちの相談の結果、大蛇退治のくじを引くことになり 村の庄屋さんにそのくじが当たったのです。庄屋さんがどうしたものかと困り果てていると 以前に助けたことのあるキツネが現れて、恩返おんがえしにその大蛇を退治しようというではありませんか 庄屋さんはたいそう喜んで、キツネに頼みました 
  
 キツネはさっそく仲間を集め、勅命ちょくめいを受けた行列ぎょうれつけて石上神宮いそのかみじんぐうり込み、まんまと神のつるぎを借り受けました。それからキツネはその剣を持ち、女の人に化けて嫁取よめとり橋の上に立ちました。女を見た大蛇は恋のあだと荒れ狂い、雷鳴らいめいともに口から火を吹いておそいかかります。キツネは神剣しんけんをふりかざし、スキを見て大蛇ののどを突き刺し 見事(みごと)に退治しました 
  
 庄屋さんも村人たちもほっと胸をなでおろし、村に平和がよみがえったことを喜びました 村人たちはキツネの勇気をたたえるとともに、大蛇の成仏じょうぶつを願い、を拾って村の北の方に細長く埋めました これが二階堂駅の北にあるコマノはかだといわれています。この墓にはこんなあわれな恋物語こいものがたりが伝えられているのです また嫁取り橋も今もそのままの呼び名で、草深いところにひっそりと残っています 
  


 


25.白い蛇(南六条町)      上へ移動
 南六条町みなみろくじょうちょう杵築きつき神社境内けいだいにある観音堂かんのんどうには、つぎのような昔話があります 
  
 ある大変寒い冬の日、観音講かんのんこういとなまれました。詠歌えいかをあげ終えた人々が、あまり寒いので観音堂の近くで焚き火たきびをしていると、土の中から白いへびが出てきました。おどろいた村人はその蛇を焚き火の中へほうり込みました 蛇はかわいそうに焼け死んでしまいました 
  
 ところが、翌日も焚き火をしていると 昨日と同じように白い蛇が出てきたではありませんか 村人はまた、燃えさかる火の中にほうり込んでしまいました 死んだはずの蛇が再び出てきたので、みんなが気持ち悪く思っていると 村一番の物知りといわれる老人が、その蛇はあまさんの生まれ変わりではないかといって、つぎのような話をしてくれました 
  
 「昔、文政年間ぶんせいねんかん(江戸時代)やったか、ここによく腹痛ふくつうを起こす女の人がおったんや。この女の人は、病気びょうきが治るよう観音さまに祈願きがんしながら、観音堂を建て直そうと、男装だんそうをして裸足はだし一戸いっこ、一戸、村中を歩き回ってはお布施ふせを求め、米を約3反分たんぶんも貯めたそうや。それを観音さまに寄進きしんして、立派な観音堂ができたんやと。この女の人は、法隆寺ほうりゅうじにゆかりのあるえらい尼さんやということやが、その尼さんの恩義おんぎを知らずに供養くようせんかったんで白い蛇になって出てきたんとちがうやろか。 
  
 それを聞いた村人は、「それは申し訳ないことをした ねんごろに白い蛇の供養をしよう」と、石塔せきとうきざみ供養しました 
  
 それから白い蛇は、しばらく出てこなくなりましたが ある夜、観音さまの首のまわりを数珠じゅずのように白く巻いているものがあります よく見ると、それは白い蛇が首に3回もぐるりと巻いている姿でした 驚いた村人は、詠歌をやめて一心いっしん般若心経はんにゃしんぎょうとなえました。すると蛇は観音様の頭の上へ上がり 赤いしたを出してのぞき見ていたかと思うと、するするっと姿を消してしまいました その日はちょうど、尼さんの命日めいにちだったそうです 
  
 その尼さんは、中宮寺ちゅうぐうじ林慶法尼はやしけいほうにではないかといわれています。旧暦きゅうれき8月18日に亡くなられたということで 今も9月18日には命日として営みが続けられ 石塔は観音堂の右隣にまつられています 
  



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