−道安と復元氷室を訪ねる路−


 永禄年間に東大寺大仏殿が時の兵火に焼かれた際、大仏の顔をデザインし修復に貢献した山田道安の足跡を辿るコースです。
 のどかな田園風景の中を歩いて行くと、道安が居を構えたとされる山田岩掛城跡や菩提寺である蔵輪寺など、山田道安が確かにここに生きた息吹を感じることができます。





おおよその距離と所要時間

    山田公民館〜復元氷室〜山田公民館 →13.1q(3時間50分)




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◆イラストマップ
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⇒PDF版(印刷用)     ⇒縮尺を揃えたマップ


ハイキングマップは、JR天理駅横の天理市観光物産センター(2017年3月末まで休館)・トレイルセンター(2017年3月末まで休館)・石上神宮休憩所・市役所内の産業振興課で入手することができます。ただし、コースによっては置いていない場所もありますのでご注意下さい。

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 ミニガイド
【山田道安】
 山田岩掛城の城主で、山田民部大輔順貞が本来の名。後に道安と号し、絵画・彫刻で秀でた作品を残しましたが、残念ながらその多くは散逸しています。代表作には鐘馗図(鎌倉円覚寺所藏・重要文化財)があります。
 永録10年(1567年)東大寺大仏殿が焼かれた時、請われて大仏修理を行いました。その時、授けられた東大寺観音像(重要文化財)は現在、奈良国立博物館に寄託されています。
 ちなみに道安の妹は大和郡山城主・筒井順慶の母に当たります。

【山田岩掛城跡】

 山田城は田原と都祁の中間、下山田と中山田の問に張り出した尾根上にあり、眼下に布目川が流れています。後に新築された馬場城が本城となり、山田岩掛城は福住城との境を守る支城となったものの、拡張の途中、山田氏が没落して未完成に終わったとの説もあります。

【蔵輪寺】
トイレ有
 真言宗高野山派の末寺です。印度婆羅門僧正が建立したと伝えられ、室町時代の様式を遺しています。本尊は地蔵菩薩半跏像。山田道安の菩提寺として有名です。道安はここに永録6年(1563年)から10年間居住し、絵画や彫刻などにいそしみました。本堂の裏には道安親子の墓や山田氏一族の墓があります。
          ⇒「案内スポット」でもっと詳しく

【八阪神社】
 上山田の鎮守で、由緒などは不明ですが、往古の祭神は素戔嗚尊となっています。 古くから字宮の谷に所在していたものを分村した慶安(1648〜1651年)ころ、現在の地に移したと伝えられています。「宋国史」では錫杖天王と記され、現在の社名は明治時代に変えられたようです。

【クサ地蔵】
 伊勢街道(矢馬街道)沿いの川端にあります。クサができたらお地蔵さんの同じところに泥を塗って祈ると直してくださる、との言い伝えからこの名があります。現地では独立した岩の一部にかわいいお地蔵さんが彫り込まれているのを見ることができます。
【復元氷室】
 奈良時代の長屋王邸の発掘調査で「都祁氷室」と書かれた木簡が見つかり、夏に都祁から氷を運んだことが文字資料で確認されました。氷室の作り方も記されていたことから、氷室の復元が行われ、毎年、2月11日に氷の納入式が行われ、7月の第3日曜日に氷の取り出し式(福住氷まつり)が行われています。
【氷室神社】
 「氷の神様」を祭った大変珍しい神社です。社伝によると允恭天皇時代(430年)の創祀と伝えられています。古代、この地域では冬期に作った氷を氷室に保存し、夏期に朝廷へ献上していました。そのため、皇族の崇敬が大変厚く、特別な待遇が与えられていたそうです。
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 【春日神社・薬師廃寺】
 下山田の鎮守で、由緒などは不明です。始めは字宮の谷に所在していたものを分村した慶安(1648〜1651年)のころ、現在の地に移したと伝えられています。「応永廿三年卯月四日敬白大願主藤原国□」の銘をもつ鰐口(わにぐち・鐘)は天理市の文化財に指定されています。
 また、境内地に接して建つ薬師廃寺は現在、会所として使われていますが、本尊であった薬師如来座像も市の指定文化財になっています。
【索道跡】
 大和高原は地形的条件から、物資輸送が不便でした。そのため、大正8年(1919年)奈良市の京終から索道(ロープウェイ)が架設されました。後に田原駅、山田駅、針駅と中間の駅が設けられ、大正11年11月には終点、山辺郡山添村小倉駅までの全線が開通しました(延長16.9q)。
 その後長く物資輸送に貢献しましたが、自動車の普及と共に役目を終え、昭和27年(1952年)に廃止されました。当時、運ばれた主なものに、高原からは木材・薪炭・凍豆腐・米などがあり、奈良からは大豆・ニガリ・石炭・肥料・土木建築用資材・雑貨などがありました。






 地域の行事

虫送り
 山田町で毎年6月16日の夕方から行われる伝統行事で、松明(たいまつ)を手に水田のあぜ道を歩きます。毎年、多くの人が見物に訪れます。薄暗がりの中を歩く松明の行列は日本の原風景を見せてくれます。天理市指定無形民俗文化財。


氷まつり
 毎年2月、「復元氷室」に氷を入れ、7月の第3月曜日に「氷まつり」を開催して、氷を取り出します。観光バスで訪れる人も多く、賑やかなイベントになっています。

                ⇒2008年のようすを見る



 発見コラム  「山田町の索道(ロープウェイ)跡」

 寺僧の精進料理の食材によく使われる高野豆腐の製造は、寒冷で乾燥した気候が必要とされるため、奈良県では、大和高原と吉野に限られていました。
 ここ大和高原では、明治時代から第二次世界大戦まで盛んに製造されていましたが、地形的に交通が不便で、物資の輸送を便利にするため、大正8年から索道(ロープウェイ)が架設されました。
 その後、奈良市京終町から田原・山田・針の中間にあたる小倉までの延長16.9キロが大正11年に完成し、大和高原と盆地東麓の奈良との物資輸送に貢献しました。
 しかし、戦後の製氷会社による高野豆腐の多量生産と自動車輸送の普及とともに索道を利用した輸送は衰退し、昭和27年に廃止されてしまいました。
 現在、索道駅跡への山道には地元の方によって桜が植えられ、殺伐とした跡地に花を添えています。

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