遠い遠いその昔、岩屋町の山奥に「あから」という不思議なけものが住んでいました。「あから」はふだんは山の奥深くにひそんでいて、あまり人の前には姿を現さないけものでした。
ある年のことです。旧暦の11月1日(12月1日)はもう冬の最中、寒い寒い日でした。その日の朝、山奥から「あから」が現れたのです。
今まで見たこともない不思議なその姿に、村人はおそれをなして家にこもり、じっと様子をうかがっていました。すると、「あから」は岩屋から石上の川をくだり、櫟本から田部、上総、指柳、喜殿、六条、八条を越えて遠く大和郡山の額田部の方まで、川筋の野のものをすっかり食べ尽くしてしまいました。
わずか1日で、みんな台なしにしてしまうその恐ろしい力に、百姓はただ恐れおののくばかりでした。その正体はいったい何だったのでしょう。怪獣のように大きな猪だったのでしょうか。
それから村人たちは、毎年11月1日には、この不思議なけもの「あから」の頭をつくり、いろいろな物をお供えして、「あから」が暴れないようにお祀りすることにしました。
最近まで、上は岩屋から下は額田部の方まで、この「あから」の頭を祀る行事が行われていました。石上から下の村では昼から仕事を休みますが、岩屋の村では、朝から「あから」が出たので1日仕事を休むことになっていたということです。