大蛇の恋

その昔、二階堂（にかいどう）から筒井（つつい）へ行く街道（かいどう）すじに一軒（いっけん）の茶屋があり、その茶屋の娘コマノは、毎日通る美男子（びだんし）の飛脚（ひきゃく）に想（おも）いを寄（よ）せるようになりました。ある日、夕日も沈（しず）み暗くなった頃、コマノは通りかかったその飛脚を呼び止め、一夜（いちや）をもてなして熱い胸の内を打ち明けたのです。しかし男は、「私は病気の親をかかえ、３年間は女房（にょうぼう）を持たぬと神に誓（ちか）いました」とコマノの愛を断（ことわ）り、夜の街道を走り去ったのでした。

あきらめきれずに男の後を追ったコマノは、大きな淵（ふち）のそばまでやってきました。淵をのぞくと、月明かりの中に、恋しい男の顔が鮮（あざ）やかに映っています。コマノは男が松の木の上に登って隠（かく）れているとも知らず、「あっ、あのお方が」と水に映った男の姿を追って飛び込んだのです。コマノは水に沈（しず）んだまま、とうとう浮かんできませんでした。

それから後、コマノの亡霊（ぼうれい）が大蛇（だいじゃ）になって、女と見れば淵に引きずり込むという噂（うわさ）が立ちました。ある日花嫁を乗せた駕籠（かご）がこの橋を渡ろうとした時のことです。雨がぽつりぽつりと降り始め、　雷（かみなり）が鳴り出したとたん、花嫁は駕籠もろとも池の中にさらわれてしまいました。

花嫁がさらわれるという大事（おおごと）に村中（むらじゅう）は大騒（おおさわ）ぎになり、娘のある家では早く大蛇を退治（たいじ）してほしいと願いました。村人たちの相談の結果、大蛇退治のくじを引くことになり、村の庄屋さんにそのくじが当たったのです。庄屋さんがどうしたものかと困り果てていると、以前に助けたことのあるキツネが現れて、恩返（おんがえ）しにその大蛇を退治しようというではありませんか。庄屋さんはたいそう喜んで、キツネに頼みました。

キツネはさっそく仲間を集め、勅命（ちょくめい）を受けた行列（ぎょうれつ）に化（ば）けて石上神宮（いそのかみじんぐう）へ練（ね）り込み、まんまと神の剣（つるぎ）を借り受けました。それからキツネはその剣を持ち、女の人に化けて嫁取（よめと）り橋の上に立ちました。女を見た大蛇は恋の仇（あだ）と荒れ狂い、雷鳴（らいめい）と共（とも）に口から火を吹いて襲（おそ）いかかります。キツネは神剣（しんけん）をふりかざし、スキを見て大蛇ののどを突き刺し、見事（みごと）に退治しました。

庄屋さんも村人たちもほっと胸をなでおろし、村に平和がよみがえったことを喜びました。村人たちはキツネの勇気をたたえるとともに、大蛇の成仏（じょうぶつ）を願い、尾（お）を拾って村の北の方に細長く埋めました。これが二階堂駅の北にあるコマノ墓（はか）だといわれています。この墓にはこんな哀（あわ）れな恋物語（こいものがたり）が伝えられているのです。また嫁取り橋も今もそのままの呼び名で、草深いところにひっそりと残っています。