中山町(旧 朝和村)に、「はじょうさん」という石を御神体としたお堂があります。その石は、男の形と女の形をした自然石で、むかしの人は人類の祖先として、うやまい尊んでおまつりしました。
米が実るように、初穂を供えて豊作を願い、はつほさん(米の神)からハツオージさんとなり、八王子さんから何時の間にか、韻がなまって「はじょうさん」となりました。そんな語韻から、歯定さんと呼ばれて、歯の神ともいわれるようになりました。虫歯が治るよう、また痛みをとってくれるよう、村の人が生活の悩みすべてに救いを求め、親しみ、信仰した道祖神で、今でも村の人に親しまれています。
また竹之内にも、「夫婦石」という夫婦の形をした、自然石の大きな石がありました。道を通る人はこれを拝み、夫婦の神様として親しんでこの道祖神を愛しました。今もこの辺りの田んぼを夫婦石と呼び、地名にもなっています。
しかし、太平洋戦争の時でした。この辺りの田んぼは軍隊が入り、飛行場や兵舎にされてしまいました。道端にあった大石の道祖神も、この戦争にはただ単なる邪魔な大きな石でしかなくなってしまったのです。
信仰の石であるとは、軍人さん達も考えもしなかったのでしょうか、道の端に転がされてしまいました。村の人は軍のすることであり、反対も出来ずただ見ているより仕方なかったのでしょう。
この石に目をつけたある人が、良い格好の石が道の端に転がって邪魔になっているというので、邸の庭石として入れたようです。戦争中ではあったし、村の人も知らぬ間に道祖神が、失われてしまったのです。