昔、ある村に、大きな大きな櫟の木が天にもとどかんばかりにそびえていました。枝は四方に広がり、村全体をすっぽりと包んでいました。
村人たちは、毎日せっせと田畑をたがやして暮らしていましたが、この大きな櫟の木のためにお日さまの恵みが受けられず、米や作物はほとんど育ちません。
さらに、この木の上に住む天狗がいたずらをしては村人を苦しめ、果ては毎年一人ずつ、娘を差し出せと言ってきました。村人たちは困り果て、大きな櫟の木を見上げてはため息をつくばかりの毎日でした。
ちょうどその頃、中国で修行を積んだ覚弘坊という立派なお坊さんが帰国し、村人たちが苦しんでいるのを知りました。覚弘坊は村人達の姿を見かね、何とかして天狗を退治してやろうと一策を講じました。
ある晴れた日、覚弘坊は「もしもし天狗さん、中国から良いお土産を持って帰ったよ。」と櫟の木の下から呼びかけました。
誘いに乗って大木の上から顔を出した天狗に、坊さんは衣の中から、とおめがね(望遠鏡)を取り出して見せました。
「この、とおめがねを目にこうしてあてると、ずっと遠くの方まで見えるんだ。これを使ってあの東の米谷山から見下ろせば、大和全体が見わたせるよ。どうだい、このめがね、ほしくないかい?」
天狗は、そのめがねをぜひ自分のものにしたいと思い、 「それはいくら位するのだ?」と聞きました。
「これは大変、高価なものだが、お前さんが住んでいる櫟の木と交換してくれるのなら、タダであげよう。」と言うと、天狗は喜んで櫟の木から下り、とおめがねを手にとるや米谷山へ向かって飛んで行きました。
坊さんはホッとして、大きな櫟の木をノコギリと念力で、「えいっ!」とばかりに切り倒しました。
すると、あたりは急に明るくなり、お日さまがキラキラとまばゆいばかりに輝いて、村の上に顔を出しました。
村人たちは大喜び。それからは、お日さまの恵みを受けて、村人たちの生活も豊かになっていったそうです。
その後、櫟の木が横倒しになった西の方の村を「横田」、枝のかかった村を「櫟枝」、櫟の木があった村を「櫟本」と言うようになり、現在も地名として残っています。