ずっと、むかしのおはなしです。
ある山の中腹に、十軒ばかりの小さな村がありました。村の人々は、お百姓をして暮らしをたてていました。
村は、小さくても景色はすばらしいものでした。春には、菜の花、れんげ草などが咲き乱れ、小川にはめだかが泳ぎ、また実りの秋には、特に金色に輝く稲の穂が、重そうに頭をたれていました。それを見るのが、人々の喜びであり、豊作の実感を味わう時でもあります。そんな静かな平和な村でした。
ところが、この静けさをおびやかすものがありました。それはところかまわず落ちる雷です。雷の害はとても大きく、田畑で仕事をする人のくわやかまに落ちて、命をなくした人もありました。だから、田畑で働く人は、雷が鳴り出すと一目散に家に走って帰るのです。また、季節はずれの雷は、不作になるといって不吉がられ、豊作であってほしいと願う人々の胸から不安を消すことはできませんでした。
一方、雲の上では、村の人々の不安や悩みなど全く知らない雷の子が、自家用雲に乗って大空を駆け回っていました。
まん丸いお月さまに落書きしたり、お星さまがほしくてひっぱり、ひっぱりすぎて落としてしまったり・・・。いたずら好きの、とても愉快な男の子でした。
ある日、雷の子に大変なことが起きたのです。お日様は相変わらず照りつけています。「ああ、暑い。そうだ、毎日お日様がこんなに照るから暑いんだ。少しくらい休憩してもいいのに・・・。そうだ、一度お日様に話してみよう。」そう思った雷の子は、小さな雲に乗ってお日様に近づいていくうち、雲がだんだん小さくなっていくのを見て、あわててひき返そうとしました。でも、その時はすでに遅く、雷の子は、地上めがけてまっ逆さまに落ちてしまいました。
「ワーッ。もうだめだ。」雷の子は、目をつぶりました。ゴロゴロ、ドスン!運よく、木の枝にひっかかりました。木の枝は少しだけ焼けていましたが、折れる程ではありません。「どうしょう。どうして降りればいいんだろう。」雷の子はからだをゆすってみましたが、枝はピクリともしません。
そこへ、村の男の子が走ってきました。男の子は、小川で遊んでいる時、何かがこの辺りに落ちてきたのを見たのです。
「あれ、君かい。さっき、空から落ちてきたのは・・・。」
「そうなんだ、ここから降ろしてくれないか。」
「ようし、ちょっと待っててね。」男の子はそう言うと、向こうへ走って行って、はしごを持って来ると、雷の子を降ろしてやりました。
「どうもありがとう。おかげで助かったよ。」「いいんだよ、こんなことぐらい。でも、きみ、どうして、落ちてきたの。」
「ぼくは、さっき、お日様の所へ行こうとしていたら、いつのまにか、雲が消えてしまって、落っこちたんだ。」
「えっ、雲って?」
「ぼくは雷の子供だから、雲に乗って、どこへでも行けるんだ。」
「へえ、いいな、大空を自由に飛べるなんて・・・。うらやましいよ。」
男の子と雷の子は、すっかり仲良くなりました。男の子は、「雷だって、きっと、ぼくたちと同じ心を持っているんだ。こわくなんかないよ。」そう思いました。
「雷って、みんなこわい顔をして、とても意地悪なんだと思っていたけど、本当はちがうんだね。」
「そうかい、ありがとう。だけど、いい雷もいるし、悪い雷もいるよ。村の人たちは、どうして雷が鳴るとあわてて家に帰るのかって、不思議に思ってたんだ。どうして?」
その時、突然、空がかきくもり、雷が鳴りだし、大粒の雨が降ってきたかと思うと、ゴロゴロ・ドスン!と大きな雷が、目の前の木に落ちました。それは、ものすごい音でした。男の子と雷の子は、思わず耳をふさいで座りこみました。目をあけると、真二つに割れた木の前に、大人の雷が立っているのです。それは、雷の子のお父さんでした。
「なんだ、お父さんだったのか。ぼくたち、もう死ぬかと思ったよ。ああ、驚いた。」雷の子は、お父さんをにらみながら、男の子に言いました。「これで、村の人たちが逃げるようにして家に帰るわけがわかったよ。」
「いやあ、ごめんごめん、驚かせて悪かったね。」
「まあいいや、許してやるよ。お父さん、この子は、ぼくの友だちだよ。さっき、ここで助けてもらったんだよ。」と雷の子は、お父さんにこれまでのことを話しました。
「そうか、それはありがとう。何かお礼をしなくてはいけないね。」
「いいえ、おじさん、ぼく、お礼なんて何もいりません。でも一つだけお願いがあります。この村へは、もう二度と雷が落ちないようにしてほしいのです。そうすれば、村の人たちも安心です。もうさっきのような思いは、たくさんだもの。」と男の子は、言いました。
「いいとも、いいとも、お易い御用だ。約束は必ず守るよ。じゃ、さようなら。」
そういうと、雷の親子は、雲の上へと帰って行きました。
それ以来、雷の掟に『この村へは、決して、落としてはならない』とでも書かれているのでしょうか。雷は、二度と落ちなくなり、村の人たちは、雷の心配もなく、めぐり来る季節を迎えているのです。