昔、朝和村の竹之内という集落の東に夏目谷と呼ばれる山深い谷がありました。そこにはいたずらの大好きな天狗が住んでいました。
天狗は、池のそばの大きな松の木に登ってはあたりの様子をうかがい、どこかでいたずらをしてやろうといつも考えていました。
ある雨上がりの日、村人がその谷のそばにある畑へ行ったところ、畑の真ん中にやわらかい黒土(くろつち)が盛り上がっていました。「おやっ」と思いながら掘りおこしてみたところ、中から首のないにわとりが出てきました。
そのにわとりはまだあたたかく、うすきみ悪くなりましたが、今晩のごちそうにしようと思い直して持って帰り、とりなべにして食べました。
その夜、寝静まった頃、表で大きな音がしました。何事かと出てみると、どうしたことでしょう。にわとり小屋ににわとりが一羽もいません。
村人は天狗のしかえしだと気づき、がっかりしてしまいました。
また、こんな天狗のいたずらもありました。
ある月夜の晩、呉作という男が夏目谷の方をフラフラと歩いていました。男はほろ酔い気分で明るい月に見とれていましたが、ふと前を見ると、目の前にきれいな女の人が立っているではありませんか。
「だんなはん、わたしを嫁はんにしとくなはれ。」と女に言われ、男はびっくりしました。
でも、こんなにきれいな女がわしの嫁になってくれるなんてと嬉しくなり、男はすぐに、
「おいらの嫁さんになっておくれ。負うたるさかい。」と言うや女を背負い、村へ向かって歩き出しました。
しかし、村の灯は近くに見えているのに、なかなか村に着きません。男はあせりました。背中の女は体にくい入るほどだんだん重くなり、とうとう男はその場へ座りこんでしまいました。
夜が明けてきたころ、そばを村人が通りかかり、びっくりして言いました。
「オヤッ、おまえは村の呉作どん。何してるんや!」
なんと、そこにはくたくたになった呉作が、大きな石を背負うて座り込んでいたのです。
夢からさめたように背中の石をおろした男は、嫁さんだと思っていた女が石になり、がっかりしてしまいました。
夏目谷の天狗は、ちょいちょい村人にこんないたずらをしたそうです。