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9. 厳島神社境内の歌碑

場所

布留町、厳島神社境内

作者

小野小町、僧正遍昭

出典

『後選和歌集』卷一七

詠み

   小町
    いそのかみ旅寝をすればいと寒し
    苔の衣をわれにかさなむ

   かえし  遍昭
    世をそむく苔の衣は
    ただ一重
    かさねばうとしいざ二人ねむ

意味

「厳島神社前の説明板より」

いそのかみ寺と良因寺
この村、布留町には室町時代に二つの有名な寺があった。一つは、いそのかみ寺(小野小町が訪れた寺)と僧・遍昭がいた良因寺の二寺である。良因寺は、この厳島神社付近一帯がその境内地で寺領も一町二反六十歩(約四千坪)あり、今でも西塔、堂の前、堂の垣内、堂の後という小字名が残っている。いそのかみ寺は、石上神宮の境内地のどこかに祭られていたと思われますが、寺跡も記録もないので説としてとどめおく次第です。
小野小町は淳和、仁明天皇に仕え、絶世の美女で歌才も豊かで、六歌仙の中でただ一人の歌人であった。
遍昭は、桓武天皇の孫に当たり、時の帝に仕え要職にあったが、後、出家して俗名宗貞を遍昭と名乗り、良因寺の僧となってこの地で住居していた。
小町も三十才の時、宮仕えを止め、都から遙々この地に旅を楽しみ、日没になったので遍昭この地に住居すると聞き、一夜の宿を乞い、歌を詠みました。
これに、遍昭が答えたのが、上の歌です。【一部訂正】

※「天理市史」には、「良因寺」と「石上寺」は同じ寺で、厳島神社の北東近辺に所在していたことが発掘調査の結果、明らかにされたとあります。

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