ピラミッド型の美しい山容を誇る大国見(国見山)の山頂からは、眼下に天理市街と奈良盆地が開け、生駒山から奈良奥山方面までを一望することができます。神話の世界が息づく石上神宮、紅葉が美しい桃尾の滝、石垣に往時をしのぶ竜福寺跡、古い町並みが残る岩屋町。
 過ぎ去った歴史のロマンに思いをはせながら、山歩きの魅力も満喫できるコースです。




おおよその距離と所要時間

    天理駅〜大国見山山頂〜天理駅   →14.1q(4時間20分)




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◆イラストマップ
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⇒PDF版(印刷用)     ⇒縮尺を揃えたマップ


ハイキングマップは、JR天理駅横の天理市観光物産センター(2017年3月末まで休館)・トレイルセンター(2017年3月末まで休館)・石上神宮休憩所・市役所内の産業振興課で入手することができます。ただし、コースによっては置いていない場所もありますのでご注意下さい。

このコースのマップは、近畿日本鉄道(近鉄)でもダウンロードすることができます(PDF版)。
 該当のページへは、
 @近鉄HPトップを開く。
 A画面中央にある「お出かけ前にチェック!」コーナーの「散策・ハイキングマップ」をクリック。
 B緑色に白抜きの文字、「てくてくまっぷ」をクリック。
 と、お進みください。

   【奈良-7】北・山の辺の道コース(1)
   【奈良-8】北・山の辺の道コース(2)
   【奈良-9】山の辺の道コース
   【奈良-11】大国見山コース
   【奈良-12】龍王山展望コース

 の5つが天理市関係のマップです。

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 ミニガイド

【石上神宮】
駐車場・トイレ有
 市街地の東山麓、鬱蒼とした杜の中に鎮まるのが石上神宮です。天理駅から山の辺の道(北)コース、(南)コースのいずれに向かうにも、ここが起点となります。
 国宝七支刀をはじめ、白河天皇が皇居の神嘉殿(しんかでん)を寄進されたという拝殿など、多くの貴重な文化財を伝える境内は静寂そのもので、その中を自由に羽ばたく鶏の姿に、古き良き日本の風景を見ることができます。
          ⇒「案内スポット」でもっと詳しく

【桃尾の滝】
駐車場有
 布留川の上流にあり、高さ約23mの滝です。春日断層崖の中では最大の滝で、古くから行場として知られ、布留の滝として和歌や句にも詠まれています。滝壼の手前に彫られた不動三尊麿崖仏は、鎌倉中期の名作です。
 毎年、7月の第三日曜日に滝開きが行われ、多くの人が避暑に訪れます。また、秋の紅葉もお勧めです。
          ⇒「案内スポット」でもっと詳しく

【竜福寺跡】

 桃尾山蓮華王院(もものおさんれんげおういん)竜福寺は奈良時代に僧義淵(ぎえん)によって開かれ、弘法大師が再興したと伝えられる寺です。
 竜蓋寺(岡寺)・竜門寺(廃絶)とともに大和三竜寺のひとつに数えられていました。かつては16の僧坊がありましたが、明治時代に廃寺となり、今はあちこちに残る堂塔跡の石垣に往時を偲ぶのみです。
 現在は杉や楓の古木に囲まれ、かつての阿弥陀堂跡には大親寺が建っています。
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【大国見山】

 標高498mあり、三角形の山容が美しい山です。頂上付近には磐座(いわくら)のあとと思われる巨石が重なっています。山頂には御山大神と刻まれた石と小さな祠が祀られており、烽火(のろし)を使う際に油を溜めたという穴も残っています。
 西から北への眺望がよく、晴れた日には遠く木津川まで一望することができます。
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【天理教教祖墓地】
駐車場・トイレ有

 天理教の教祖、中山みきは明治20年1月26日(陰暦)90歳で現身(うつしみ)を隠されましたが、その5年後の明治25年に豊田山に改葬されました。
 その後、周囲に多くの教信者が葬られて、豊田山墓地となりました。現在も神殿を参拝した後にここを訪れる人達の姿が絶えません。






 地域の行事  「良因寺と僧正遍昭」

 この寺の創建については、詳らかではありませんが、布留川北岸、布留町堂之垣内の厳島神社付近一帯がその境内地でした。往時は相当広大な寺院だったようです。

 「小倉百人一首」の中に
  −あまつ風雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめん−

 と詠んだ僧正遍昭が、この良因寺に数十年、住んでいたとされています。
 遍昭は、桓武天皇の孫にあたり、仁明天皇に仕えていましたが、天皇が崩ぜられると哀慕にたえず比叡山に登り、出家しました。
 「後撰集」には、石上という寺(良因寺の別名)に住んでいたとき、小野小町が日暮に訪ねてきて、遍昭と粋なやりとりをした歌が詠まれています。

  −いそのかみに旅寝をすればいと寒し 苔の衣をわれに借さなむ− 小町
  −世をそむく苔の衣はたゞ一重 かさねばうとしいざふたり寝む− 遍昭

 “男嫌い”として通っている小町と、僧侶として修行をかさね、僧正にまで昇進した遍昭との出逢いは、どうだったのか。誰でも興味のあるところです。

 同じく百人一首に小町の句として、
  −花の色はうつりにけりないたずらにわが身世にふるながめせしまに−

 とあります。
 小町が娘盛りを過ぎ、美人だと人にさわがれ、あまたの男を悩まし続けるうちに、年を重ね、その魅力が影をひそめた自分を悟り、名僧のほまれ高い遍昭に、その後の身の振り方を相談しにきた…と想像するのは、ちょっと考えすぎでしょうか?

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