−古代豪族・ワニ氏と宿場町・櫟本を巡る路−


 櫟本は古墳時代の有力な豪族である「ワニ」氏が居住していた地で、一族とされる在原業平や柿本人麻呂などにゆかりのある土地です。
 また、古くから交通の要衝で、大和高原や奈良、斑鳩、そして桜井、飛鳥とを結ぶ土地としても栄えてきました。
 ここには古墳や神社・古代寺院跡など、歴史を秘めたポイントがたくさんあります。
 まさに、いにしえのロマンと万葉びとの心にふれるコースといえます。





おおよその距離と所要時間

    JR櫟本駅〜白川ダム〜JR櫟本駅   →10q(3時間)



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◆イラストマップ
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ハイキングマップは、JR天理駅横の天理市観光物産センター(2017年3月末まで休館)・トレイルセンター(2017年3月末まで休館)・石上神宮休憩所・市役所内の産業振興課で入手することができます。ただし、コースによっては置いていない場所もありますのでご注意下さい。

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 写真によるコース案内  ⇒ページ移動 






 ミニガイド

【在原神社(在原寺跡)】
トイレ有
 明治の廃仏毀釈によって廃寺となった在原寺が前身です。昔の面影はなく、一部が残るのみですが、「伊勢物語」の作者である在原業平と父の阿保親王が祀られています。業平は平安時代の和歌の名人で美男子であったと伝えられています。伊勢物語をヒントに謡曲「井筒」が作られましたが、境内にはその題材となったと伝わる井戸が残っています。
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【馬出の町並み】
(馬つなぎ)
 馬出の町並み一帯は、上街道と高瀬街道が交わったところで、古くから市場が開かれていました。この地域は商業の活発だったところで、「市場」という小字がついています。高瀬街道に沿ってのびた部分を「馬出」と呼び、今でも荷を運ぶ馬をつないだ「馬つなぎ」を1軒の民家の前で見ることができます。

【和爾下神社】

 社殿は4世紀末から5世紀初頭の前方後円墳上に建てられています。奈良時代には「治道宮」として文献に登場します。現在の社殿は桃山時代の様式を持ち、切り妻造りの檜皮葺きで国の重要文化財に指定されています。
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【柿本寺跡】
 和爾下神社を下った西側に、奈良時代の創建と伝えられる柿本寺(しほんじ)跡があります。近辺の発掘調査で、奈良時代の瓦が多数、出土しているそうです。
 奈良時代にこの近辺に寺院があったことは間違いなく、伝えられる柿本寺であった可能性が高いと考えられています。
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【影媛の歌碑】

  柿本寺跡に隣接した和爾下神社の参道沿いに、『日本書紀』武烈天皇即位前記にある「影媛あわれ」と題する歌碑が建っています。影媛は物部氏の出で、以前から交際していた平群の男性を太子(後の武烈天皇)の命を受けた大伴金村の軍に乃楽山(ならやま)で殺害されました。影姫はこれを知り、泣きそぼちながら布留から乃楽山まで行って、葬いを行いました。長歌には乃楽山までの道中の地名が詠まれ、影媛の哀れさを伝えています。

【歌塚】

 影媛の歌碑からさらに南側には万葉の歌人、柿本人麻呂の遺髪を葬ったとされる歌塚があります。現在、歌塚には石碑の他に人麻像やカエルの石像が置かれ、その廻りに赤地の生地に文字を染め抜いた幟(のぼり)が賑やかに並べ立てられています。
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【赤土山古墳】

 東大寺山古墳群の一角に築造された4世紀末から5世紀初頭の前方後円墳です。昔は前方後方墳と言われていましたが、発掘調査の結果、地震による地滑りで墳形が変わっていることが分かりました。また、並べられた円筒埴輪が地滑りで落ちた後、埋まった埴輪列も見つかっています。
 1992年、国の史跡に指定されました。
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【シャープ総合開発センター】

開発センター内にある『シャープ歴史・技術ホール』ではシャープ創業から現在まで世界初や日本初の歴史的製品の展示など、日本の電化製品の歩みを見ることができます。1週間前までに予約が必要です。詳細は電話 0743-65-0011へお尋ね下さい。

【白川ダム】
 駐車場・トイレ有
 昭和8年、農業用溜池として一級河川大和川水系高瀬川の支流である楢川に造られ、平成10年に奈良県が堤を高くして、アースダムに改築しました。その際、グラウンドや駐車場、トイレ、周遊道路、公園などが設けられ、現在は多くの人に利用されています。また、釣りを楽しむ人も多く(有料)、水辺の少ないこの地域では、大切な憩いの場となっています。
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【和爾坐赤坂比古神社】

 奈良時代の文献に登場する古い神社です。古代に強大な勢力を誇った和爾氏の氏神が祭られており、元は和爾の集落の東方にあったと伝えられています。本殿は檜皮葺春日造りで、左右に末社があります。
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【六地蔵】

 のどかな田園地帯の野辺にやさしく微笑む一体のお地蔵さんがあり、大和路の写真集でもしばしば紹介されています。このお地蔵さんの少し奥にあるのが六地蔵です。
 六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の迷界から人々を救うために、六つのお地蔵さんをたてるのだといわれています。

【櫟本高塚遺跡(公園)】
 駐車場・トイレ有
 東大寺山丘陵の北西側に位置します。昭和57年の発掘調査で6世紀末の竪穴住居跡、広い平坦面の真ん中にぽつんと建てられた祠のような特殊な建物跡、多数の祭祀土器などが見つかりました。人が常時住んだ形跡はなく、この地域に居住した豪族の祭祀施設と考えられています。現在は公園としてグランドや遊具などが整備され、市民の憩いの場となっています。
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【かぼちゃ薬師】

 江戸時代から春日厨子の中に収められており、好物であるかぼちゃの初なりを供えると、目や耳の病を治してもらえるとの言い伝えがあります。

【楢神社】
 トイレ有
 日本書紀に登場する古い神社です。祭神「鬼子母神」は子どもの守護神で、神像はザクロの実を持っています。種子の多いザクロは多産のシンボルとされ、全国から多くの人が参拝に訪れました。
 また、参拝して子どもが授かると「楢(なら)」や「奈良」の字をもらって命名する習わしがあったといいます。
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 発見コラム  「古代歴史の宝庫」

 櫟本地域は山の辺の道、上ッ道(後、上街道)、横大路などが通り、古くから交通の要衝として栄えたところです。
 そのため、弥生・古墳時代の集落、東大寺山古墳群、楢池廃寺、長寺跡、柿本廃寺、在原廃寺、願興寺跡などの古代寺院、古代から続く和爾赤坂比古神社、楢神社、和爾下神社、在原神社など、歴史上知られるところがたくさんあります。
 これらは、この地域に居住した「ワニ」氏とその一族との関係で考えられています。
 「ワニ」氏とは大和の在地豪族で、応神・反正・雄略・仁賢・継体・欽明・敏達の7天皇に9人もの后妃を出しました。この数は諸豪族の中でも最も多く、天皇家との関係の深さを物語る一例といえます。
 文献史学の著名な研究者として知られる故岸俊男氏は、「ワニ」氏の居住地をこの地域とし、現在の和爾の集落をその中心地とされました。
 この地は大和から北陸や東国へ進むには交通の要衝であり、「ワニ」氏は初期大和王権の国土統一という過程で、重要な役割を果たした集団と位置づけ、6世紀中頃の欽明朝に、春日と氏を改め、本拠を少し北方の春日地域に移したとされました。
 春日氏への改姓と本拠の移転については、今では少数意見のようですが、この地に「ワニ」氏の本拠があったことは、ほとんど異論がないようです。
 また、この頃には、「ワニ」氏は大宅、柿本、櫟井、粟田、小野などの諸氏に分かれています。これらの諸氏からは、小野妹子や粟田真人、柿本人麻呂などが輩出しました。
 また、名阪国道北側の東大寺山丘陵には、東大寺山古墳群があり、「ワニ」氏によって築かれた奥津城と考えられています。
 その中で特に注目されるのに、東大寺山古墳があり、「中平」銘をもつ鉄刀が挙げられます。
 昭和36、37年の発掘調査で、主体部からたくさんの武器や武具、石製品などが出土しました。その中に刀背に24文字の銘文をもつ鉄刀1振が含まれていました。「中平口年五月丙午造作(支)(刀)百練清剛上応星宿(下)(辟)(不)(祥)」(口は文字不明、かっこ内は推定文字)の金象嵌で、中国、後漢末の年号、「中平」(紀元184〜188年)が刻まれていました。
 後漢末「中平」の頃、倭国は大いに乱れ、188年には卑弥呼が王に擁立されています。東大寺山古墳の築造は4世紀後半から5世紀初頭で、「中平」の時期とは200年の開きがあります。
 卑弥呼に下賜された五尺刀とこの鉄刀との関係、この鉄刀が古墳に収められるまでの経路、また、なぜ、この古墳に収められたのかなど、考えなければならないことがたくさんあります。
 しかし、最も重要なのは歴史の重要な場面を経てきたこの鉄刀が「ワニ」氏の奥津城で出土したことでしょう。
 「鉄刀」と「ワニ」氏、両者にはどのような結びつきがあるのでしょう。しばし、歴史のロマンを感じてください。

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